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![]() あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行 ![]() ポップス
8月10日生まれ、神戸育ち、血液型:O型、身長:158cm、趣味:映画鑑賞、旅行、ちいさな幸せを見つけること。日常生活のふとした情景を独特の表現でシンプルに詩に込め、ロックでポップなメロディーを奏でるシンガーソングライター『あずままどか』。デビューミニアルバム「ありがとう」を2002年10月に発売し、『河村隆一 Tour2002 真昼の月と真夜中の太陽』の全国ツアーにオープニングアクトとして参加。2003年2月〜3月には、NHK『みんなのうた』のタイアップ・ソングとして「リセット」(作詞・作曲・原画を担当)が放送された。また、河村隆一がプロデュースした早川まみのマキシシングル「みんなでフーフー」に歌詞を提供。2003年4月、「真昼の月」が文化放送「和巳と千里の聞いて!ナイト」のエンディングソングに起用される。2004年に展開された『河村隆一 Tour2004バニラ〜次の瞬間』に オープニングアクトとして参加。また、出生地の徳之島にて開催された音楽イベントに向けて限定CD「グァバネクター」を制作し発売。現在、都内ライブハウスを中心に活動中!ミニアルバム『U』[ユー]が、2007年2月全国リリース。 ポップス・島唄
奄 美大島を中心に、奄美や東京など、全国で広く活動。高校時代、同世代の女性が歌う島唄に 衝撃を受け、独学でシマ唄を始める。透明感ある声とファルセット、そして島唄特有のコブシ回しから発せられる希有な歌声が彼の大きな特徴である。2000年の奄美民謡大賞新人賞、 日本民謡協会の奄美連合大会で総合優勝。2005年9月、ミニアルバム「マテリア」発表。現在も奄美大島に住み、日本全国を舞台に広く音楽活動中。 演歌
2003年「花鳥風月/俺ら噂の旅がらす」で日本クラウンより歌手デビュー。「心に喜びの花を咲かせ、思い出の風を運ぶような歌手」を目指して活動中。特技:絵画、カイロプラクティック、秘書検定2級、草月流1級趣味:ゴルフ、ダンス、読書、手芸、農業奄美観光大使、画家でもある。94年講談社絵本新人賞にて佳作。絵本作品にアマミノクロウ サギを題材とした「一本耳のピョン吉」がある。 ポップス
幼少の頃から、母親の影響でピアノを習う。中学卒業後、高校の音楽科へと進路を進め、鹿児島市の高校の音楽科へ進学。卒業後、東京の 音楽専門学校へ入学。2005年、「海の音 空の音」でデビュー。その歌声には透き通った透 明感があり、また優しさも蓄えている。彼女にしか歌えない唄が、そこにはある。他シング ル「ブーゲンビレア」、アルバム「RELAXIN'WITH JAPANESE LOVERS VOLUM4」 ![]() ポップス
9歳のときに出場したフェスが切っ掛けで、15歳で上京。1998年シングル「桜のころ」でメジャーデビュー。以後、伸びやかで清々しい歌声 と自然体で飾らない性格で回りにファンを増やし、現在までに13枚のシングル、4枚のアル バムを発表。2002年「終わらない夏」は実弟が出場した「熱闘甲子園」のテーマソングに起 用。2003年「ねがい」は映画「あずみ」の主題歌に抜擢。2004年5月に、1年振りとなるシン グル、「月の雫」リリース。現在までロングセールス中。 ヴォーカル・三線
ロックバンド「コブラツイスターズ」のボーカリストとして、活 動中。他に三線、ギターも担当。ソロでステージに立つことも。物静かな普段に対し、ステ ージではテンション高く、その動きは予測不能。及び天然とも言えるギャグは、理解不能。 ロックバンド
コーラス
スタイリスト、モデルとして活動後、ボーカル グループ「Yanagiya V」のメンバーとしてメジャーデビュー。Yanagiya Vは1998年にVOX-IV に改名。2001年の解散まで参加。その後K-coとしてテレビやラジオ等様々なジャンルで活躍 。2001年12月 オフブロードウェイミュージカル「GODSPELL」に出演。2002年1月 渋谷クアト ロでのイベントで、初のソロステージ。2003年8月 舞台「STAND BY ME」の歌唱指導。BOAの アルバムにコーラスとして参加。 この他、様々なコーラスワーク活動を行う。2003年9月 奄 美パークにて行われた「夜ネヤ島ンチュリスぺクチュ」でのVOX-IV再結成に参加。2004年 Crystal Kayの作品のコーラスに参加。2006年Katieに改名し、ソロプロジェクトが始動。 ロックバンド
1999年シングル、「運命船サラバ号出発」でメジャーデ ビュー。日本全国で活動中。奄美出身のボーカル、川畑の故郷の楽器である三線を使用した り、ギタリスト相馬の故郷で特徴を放つ“ねぶた”のリズムをベースとした楽曲なども発表 。 欧米で生まれ、育ったロックが彼等の手によると日本のテイストとなる。そんな訳で歌い 騒げ、老若男女が楽しめるライブは祭りと化す。現在までにシングル11枚、オリジナルアル バム4枚、ミニ・アルバム1枚、ベストアルバム1枚をリリース。 ![]() スカバンド
2003年結成。男女ツインヴォーカルの歌モノスカバンドという世 界でも珍しいスタイルで活動する9人組。その中の女性ヴォーカリスト、Megumiは奄美大島出 身!結成以降精力的にライブを重ね着実に支持層を増やして来た。2005年9月、日比谷野外大音楽 堂で開催された「SKA IS NOT DEAD~SKA MUSIC FOREVER!」にCOOL WISE MEN、Oi-SKALL MATES 、RUDE BONESなどと共に共演し、一躍脚光を浴びるようになる。また同年、ニューヨークで のライブを成功させるなど海外での活動も本格的に始める。 ロックバンド
主に関西にて活動。2001年、奄美大島出身の碩 真也と長村 創が意気投合し、バンド結成。2002年末に現在のラインナップが関西で揃い 、以来ライブを中心に精力的に活動。いつしかその噂は全国に飛び火し、04年11月1stミニア ルバム「SOUTH BLOW」 を発表。その後ツアーや数枚のコンピレーション盤に参加。2005年9 月、TOWER RECORDSと奄美大島限定シングルとして「光の果て」 リリース。同年末、2ndミニアルバム「A THREAD OF LIGHT」 を発表した。『SOUTH BLOW』とは、自分達 が住む島の熱さに由来する。2006年4月19日、SPEEDSTAR RECORDSよりシングル「春風」でメ ジャーデビュー!! ポップス
1979年奄美大島に生まれる。3才より祖父に奄美の島歌を習い始め る。 奄美本島では、大きく笠利(かさん)節と東(ひぎゃ)節という二つの流派に別れてい るが、里アンナの歌う島歌は、ゆったりとした荘厳さが特徴の笠利節である(元ちとせは、 東節)。幼少の頃より、島の祭事などのステージで歌うようになる。 1987年に奄美民謡大賞 に初出場。1989年奄美民謡大賞のKTS賞、奨励賞など、数々受賞。1994年鹿児島県民謡大座決 定戦に出場し、優勝を飾る。これをきっかけに、奄美の島歌の世界で本格的な活動を始める 。1995年笠籠地区民謡保存会主催の大会に出演 。新人賞を受賞。 1996年笠籠地区民謡保存 会主催の大会に出演。最優秀賞を受賞。1997年奄美民謡大賞 新人賞受賞。1998年に上京。 都内のライブハウスで歌いはじめる。元ちとせ、我那覇美奈など、奄美大島出身のアーティ ストとも共演。CM(グリコのポッキー)やテレビなどに歌で参加。2000年菅井えりのアルバ ム「舞」に参加し、島歌を基本とした新たな音楽の世界を発見する。2003年「奄美復帰50周 年記念式典」に出演。元ちとせと共に島唄を披露する。2005年3月、山本寛斎プロデュース「 愛・地球博」のオープニング・イベントに出演し、大絶賛される!2005年6月22日、PACIFIC MOONより、ソロ・アルバム「恋し恋しや」をリリース、12月にセカンド・アルバム「夢何処 」、2006年6月にサード・アルバム「水無月」発売。2006年7月に行われたスイートベイジル でのライヴはDVDにて12月に発売されている。 演歌
奄美大島出身の演歌歌手。 1992年5月にシングルレコード『人生味なもの』と、1989年6月にシングルCDの『意気地なし 』が共にキングレコードより発売された。空手二段。血液型O型。 コーラス
1991年 同郷の先輩が結成していたグループ 「Yanagiya V」に参加。Yanagiya V は当時、まだ珍しかったアカペラコーラスグループの先 駆けとして1993年にメジャーデビュー。テレビ、ラジオ、ライブと精力的に活動。1998年に 音楽性の変化から VOX-IV へ改名。2001年に解散。その後は舞台での活躍が目立っている。 2002年1月、渋谷クアトロでの奄美大島出身のアーティスト達のイベントで、初のソロステー ジ。2002年4月、オフブロードウェイミュージカル「GODSPELL」、ミュージカル「魔法の黄色 い靴」出演。2003年 ミュージカル「BROKEN HEART」、「SATURDAY NIGHT FIVER」出演。力 強いファルセットとあどけなさが残る表情で、多くの女性ファンを掴んでいる。 ポップス
海が大好き な奄美大島出身の梓、明日香、亜衣里の3人が結成した元気いっぱいのガールズ・ボーカル・ グループ。なまりの残る素朴なトークとピュアなパフォーマンスで、奄美の風をお届けしま す。2004年9月1日、「Hey Hey Baby! You're NO.1!」でメジャーデビュー。1stアルバム 「SPARKLING☆POINT1」 フォーク
奄美のシンガーソングライター、TANA-P(タナピー)を 中心としたフォークグループ。学生の頃フォークと出会いギターを始めたタナピーは、時代 の流れの中フォークという言葉が無くなりつつあるのを感じ、友人と「全宇宙フォーク保存 協会」というグループを作った。現在メンバーを変え活動中。基本はフォークだが、ジャン ルにこだわらず色んなタイプの曲を作っている。オリジナルCD『ポインセチアの頃』『ロン リーラブ』 ![]() ロック
奄 美大島出身のシンガーソングライター。中学に上がるや音楽に興味を持ち、同級生とバンド を結成。1999年、神戸にてコザック前田と出会い、初期のガガガSPに参加。2001年、脱退後 、音楽活動から離れていたものの、知人のパーティにて復活。その後、神戸や大阪にて音楽 活動。2003年以降、神戸を中心に各地のイベントやライブにて出演。活躍中。アルバム「sweet soul」 演歌
1981年ビクターより「流れ花哀歌」でデビュー。 2002年美彩と改名し、日本エンカフォンより移籍第一弾「海峡挽歌」発売。血液型:A型趣味:社交ダンス、料理、読書(雑学) シャンソン歌手
「生活に潤いと張り、人生には出会いと想い出を与える」そんな多様性に満ちたシャンソンに魅せられ、ジャズ 、歌謡曲など幅広く歌う。「第18回アマチュアシャンソンコンクール」初挑戦で東京代表となる。平成17年より沢田靖司氏にジャズを師事。永年、出版会社勤務の傍らイベント・ライブ出演続けてきたが平成18年、二足のわらじに終止符を打つ。同年、シャンソンより先んじてカラオケ付きジャズミニアルバム「Introducing」CDをリリース。手話を取り入れた歌にも取り組みボランティア活動にも力を入れている。聴く人に安らぎや、励みを与えることが最高の喜びであり目標 にもしている」という癒し系の歌は好評。 フォークデュオ
「遠く、徳之島からの風を!!」中学時代からのつきあいだという、竹田健吾(たけだけんご)と荻田恭平(おぎたきょうへい)、2人によって結成されたTAnBO。ユニット名は、互いの苗字に「田」の字があることに由来。地元・伊仙町で活動を続け、徳之島ではライブハウスやイベントなどの出演も多く、人気を博している。その歌に、聴いている人は思わず微笑んで優しい気持ちになれる、脱力系ユニット。 フォーク
上京後、大量の楽曲を制作。その後ストリート で歌う。 その後、銀座のジャズクラブや吉祥寺曼荼羅などでライブを始める。2005年12月、アルバム 「ザ・リターン・オブ・ユリシーズ」を完成。2006年3月9日、吉祥寺曼荼羅にてワンマンラ イブを敢行。 シンガーソングライター
闘 牛が盛んでサトウキビが豊富に茂る自然豊かな鹿児島県徳之島から、三線をひとつ抱えて上 京した、徳之島の人々のハートを唄う情熱のシンガー。力強い声からは島への熱い想いが伝 わってくる。現在、ライブハウスや沖縄料理店などでライブ活動を行う傍ら、音楽活動の原 点でもあるストリートライブも積極的に行っている。ミニアルバム『道』が、2007年2月全国 リリース。 ロックバンド
参 加型ライブを提唱して活動を続ける、奄美より生まれたお祭り系音楽集団。静と動が共存す る楽曲達を自在に操り、一言入魂、一音入魂で音楽活動を続ける。ライブでは三味線なども 取り入れ、透明感や壮大さを加えている。じっくり聴かせる曲もあれば、振り付けとともに 観客も踊りたくなるような明るい曲、あるいは圧倒するような迫力ある曲などで毎回開場全 体を沸かす。自主制作 1st マキシ『出航』 アコースティックデュオ
2001年夏、地元の盆踊り大会で初ステージを踏む。その後Nieは一 度就職し島を離れるが、04年帰郷。05年喜界島初のライブハウス“SABANI”に設立から参加 。現在も店で働きながら活動中。この喜界島からプロミュージシャンを目指す、という大き な夢を持つ彼らの唄は、ステージを見た者、曲を聴いた者全てのハートをドキドキさせる魅 力を持っている。 ポップス
島唄・ロック
akira(平田明)とmayumi(武田まゆみ)によるユニット。1999年結成し、東京を中心に活動 。奄美の言い伝えに、『いにしえより、奄美の人々は海の彼方にネリヤカナヤと呼ばれる楽 園があり、人々に豊穣をもたらす神が住むと信じていた。』と、いうものがある。通常男女 ユニットであれば、男性が太鼓、女性が唄を担当と思われるだろうが、シマ唄の世界では逆 という奄美の異質の文化を踏襲。アフリカ産のジャンベやカリンバ、パチカ等を操り観客を 引き付けるmayumiと、三線やウクレレに独特のボーカルスタイルでakiraは観客を巻き込んで いく。 ![]() ロック
シンガーソングライターとしてだけでなく、無類の奄美好きミュージシャンとして知られるハシケン。沖縄民謡に衝撃を受けたことから、シマ唄に傾倒。そして自身の音楽性も広げてい った。1995年のデビュー以来、アルバム4枚、シングル2枚、ミニアルバム1枚を発表。その他 、作詞、作曲、プロデュースなどマルチに活動。ステージでもシチュエーションにより、バラエティに富んだスタイルを見せる。2003年、「FUJI ROCK FESTIVAL’03」に10人編成の バンドで出演。『ベストアクト』とされた。 ポップス・島唄
三味線は母 親の薦めで始め、シマ唄は小学生時代から自らの意思により習い始めた。1992年(13歳)奄美 民謡大賞・奨励賞受賞(最年少記録保持者)。節回し、島の言葉、表現力、迫力と全てが満点 の唄を披露。1993年(14歳)奄美民謡大賞・優秀賞受賞、1994年(15歳)奄美民謡大賞・新人賞 受賞1996年(17歳)奄美民謡大賞・大賞受賞。高校卒業後、美容師を目指し大阪に行くが、ア レルギーにより断念。唄う道を選び、上京。2002年「ワダツミの木」にてメジャー・デビュ ー。チャート1位に輝く。9月には初の全国ツアーを慣行。2003年9月、セカンドアルバム「ノ マド・ソウル」は前アルバムに続いて連続チャート1位を記録。2004年1月、電撃的な結婚を 経て、2005年1月出産。11月、活動再開。 ソプラノ歌手・ポップス
東京芸術大学音楽学部 声楽科卒。二期会会員(ソプラノ)。 自らの歌のジャンルを「C-POP(シー−ポップ)(Cはクラシック・クロスオーバーの意)」と名付け、クラシックで学んだ確かな技術と表現力で音楽のジャンルの垣根を超えた様々な楽曲を歌う。コンサート・ミュージカル等のステージを中心に幅広く活躍中。そのレパートリーはオペラアリア・日本の叙情歌・ミュージカルナンバーはもちろんのこと、武満徹のソングス、国内外のポップスから、明治大学マンドリン倶楽部との交流により古賀政男の楽曲迄と幅広く、それらを独自の世界観で描くコンサートは好評を博する。 レゲエDJ
1990年2月 大学の後輩である53と、BANANA×MUFFIN 結成。1991年 12月 初のアルバム「ぴったしカンカン バナナマフィン」リリース。1994年8月 体調不良の ため奄美へUターン。活動拠点を奄美に変え、ソロ活動開始。2000年12月 初のソロアルバム 「COME FI REVIVE」リリース。2001年1月 BANANA×MUFFIN 結成10周年記念イベントに出演 。2002年1月 伝説のイベント「夜ネヤ シマンチュ リスペクチュ in TOKYO」に出演。2003年 3月 オムニバスアルバム「物語の島」に参加。同年9月 伝説のイベント「夜ネヤ シマンチュ リスペクチュ IN 奄美パーク」に出演。 2005年10月 初の日本三大都市ツアーを神戸、名古 屋、東京にて敢行。 フォーク・島唄
幼児期は奄美にて、シマ唄や踊りに囲まれて生活。1995年から2000年まで女性デュオ「きょら」として活動。CD『きょら』を残す。現在は5人の子供を育てながら、鹿児島県子供劇場に関わり、音 楽や文化を教えている。 愛情に満ちた世界を願い、その思いをフォークソング、シマ唄に託 し、ギター片手に全国にてライブを展開中。 ロックバンド
東京は吉祥寺を中心にライブ活動。不器用が故に、音楽に対しては純粋となる。アマミネシアン平岡新吾がボーカルを務めるhoboは、ラウドでありながら現在の日本において忘れられているピュ アミュージックを奏でる4人組。中でも平岡は和のティストを醸し出し、バンドに独特の風を 吹かしている。現在まで2枚のアルバムを発表。今後が注目される存在である。 1st ALBUM『詠み人知らずの詩』、2nd ALBUM『タクロウ』 R&B
1998年、Yanagiya Vより改名。コーラスグループ Yanagiya V が、よりブラックティストに磨きが掛かったR&Bを聞かせる音楽性への変換に伴 い改名。1998年12月、インディーズよりアルバムを発売。同時期の10月-12月、全国72公演の ブロードウェイミュージカル「RENT」に出演。NHK 「青春のポップス」、NTV系「THE 夜もヒ ッパレ」出演。1999年10月「Keep The Faith」にてメジャーデビュー。1999年11月 Zepp Tokyoにて発売記念ライブ。神秘的な歌声とコーラスワークと高い実力。未だストリート系と いう言葉が一部のものだった時代に、強いインパクトを与えた。2001年7月初のベストアルバ ム「The Best Groove」を発売。そして解散。メンバーはそれぞれのフィールドにて活躍。 2003年9月、奄美パークにて行われた「夜ネヤ島ンチュリスぺクチュ」にて一夜限りの再結成 を果たす。 ![]() バリトン歌手
国立音楽大学声楽科首席卒業。同大学大学院首席卒業。野中匡雄 、白石敬子、眞嶋美彌の各氏に師事。同大学卒業時に矢田部賞、NTTドコモ賞受賞。桃華楽堂卒業生演奏会、第71回読売新人演奏会 に出演。大学院修了時に国立音楽大学大学院研究奨学金を授与される。1999年第4回藤沢オ ペラコンクール入選。翌2000年の藤沢市民オペラ、プッチーニ『ラ・ボエーム』にショナー ル役で出演する。 2001年国際モーツァルトコンクール日本代表者選考演奏会において優秀賞、国際ベルヴェデーレ・オペラ・オペレッタコンクール日本予選通過。2002年第5回藤沢オペラコンクール奨 励賞受賞。 ピアニスト
幼い頃よりジャズ、クラシックと民謡やわらべ歌に慣れ親しむ。 これは後の彼独特の世界観を形成することに大きな起因となる。18歳でスタジオミュージシ ャンとなり、大学在学中の1983年にデビュー。1997年 アイルランドへ。帰国後、新境地とし てヒーリングミュージック─“気付きの音楽”を見出す。2004年 奄美での暮らしの中で生 まれる“旬”を届けるため、“KeenMoon”レーベル設立。ピアニストとしての音楽活動にと どまらず多彩な趣味を持ち、エッセイスト、パーソナリティそしてテレビ番組に音楽担当兼 旅人としても出演中。現在までに、27枚のアルバムを発表している。 パーカッショニスト
1980年7月31日生まれ。小、中学の頃より吹奏楽部に所属 。数々の大会で演奏し、多くの賞を受賞する。精華女子高校時代は吹奏楽やマーチングの全国大会に出場。その実力に磨きをかけ、洗足学 園大学(現、洗足学園音楽大学)では、打楽器を専攻。マーチングパーカッションチームを作 り、リーダーを努める。第19回 日本打楽器協会新人演奏会ではグランプリを受賞。翌年の招待演奏では、アメリカ のマリンバ奏者"ジュリー・スペンサー"に絶賛を浴びる。山本寛斎監督のSUPER SHOW『アボ ルダージュ』にも出演。現在、NHK交響楽団団友オーケストラ、沖縄・奄美系ポップスアーティストのサポートパーカ ッション、マーチングパーカッションの作曲・指導等、様々なジャンルで活躍中。ロックバンド『BEATBACH』、マリンバ・パーカッショントリオ『SLAP BANG』、マーチングパ ーカッションチーム『PPP』所属。実家はケーキ・和菓子屋の『元田製菓』 。黒糖焼酎とビ ールとケーキと打楽器を愛す。食べ過ぎ、飲みすぎ、叩きすぎに注意! ![]() コーラスグループ
1991年結成。奄美大島名瀬市出身者が中心となって、アカペラコーラスグループ「Yanagiya V」(ヤナギヤクインテット)結成。1993年7月 シングル『アマミアンサンセット』にてメジ ャーデビュー。当時、多くの奄美のミュージシャン達に夢や希望を与えた。同時に原宿ルイ ードでのマンスリーライブスタート。ライブに定評ある彼らは渋谷クアトロでのライヴもソ ールドアウト。そのエンターティンメント性の高さは評判で、その後TV『タモリの世界は音 楽だ』でのレギュラーを始め、ラジオ等でも活躍。1995年1月のアルバムは、全国外資系チャ ート21位を記録。1995年6月3枚目のシングルを発表。同時に全国ツアー開始。1996年8月 メ ンバーチェンジを経て、2nd Mini Album『S.T.E.P.』発売。1998年 やりたい音楽を貫くとい う理由より、VOX-IV に改名する。 ミュージシャン・脚本家
ベーシストとして、数々のコンサート、ライブ、TVに出演。 演歌歌手
日暮里子として奄美会や結婚式などに出演し、CD「女一 人の部屋」などを発売し幅広い活動をしていたが、2007年2月に日本クラウンより「また夢さ がし」を発売するにあたり、山本ユリエと改名。 シンガーソングライター
本 名:福永幸平(フクナガコウヘイ)。高校中退後、沖縄や西日本各地を放浪しながら自転車 で上京、上京キッカケに2001年、NHK教育番組「真剣10代しゃべり場」にエントリー。そこで映像作家河瀬直美と出会い、映画「沙羅双樹」主演に抜擢(2003年カンヌ国際映画祭出 ) 現在は”ユキへい”と名乗り、三線のシマ唄・オリジナルLIVEを展開中、 ”テゲテゲで(気楽に)いこう”がモットーの脱力型発散系!?奄美出身シンガーソングライター。 ロック
幼い頃から音楽やダンスに興味を持ち始め、小学校時代は吹奏楽 部で活躍。高校時代には、ダンスを得意とし人気を博す。上京後は横浜や六本木のクラブな どでバンド、ユニットのボーカルを担当。2005年3月、アルバム「DREAM TREASURE」発表。パ ワフルなアクションと迫力あるボーカルが特徴。 バリトン歌手
武蔵野音楽大学卒業後、イタリア・ミラノへ留学。その間イタリア・ヴェネト州での『蝶々夫人』、スロヴェニア・マリボール国立歌劇場での『リゴレット』モンテローネ伯爵役で出演。帰国後はJILA音楽コンクール第2位(1位無し)他を受賞。NPOみんなのオペラ(岡村喬生演出松尾葉子指揮)にて『魔笛』パパゲーノ役で出演の他、『フィガロの結婚』フィガロ・伯爵役、『ドン・ジョヴァンニ』ドン・ジョヴァンニ役等メインロールの他、ベートーヴェン“第9”やW.A.モーツァルト『レクイエム』(ロバート・ライカー指揮東京ニューシティフィル)等のソリストを務める。またフリーメーソン・シニムロッヂ100周年記念行事『魔笛』の演出を手掛けるなど、オペラ演出家としても活躍。藤田昌克、C.スターラ両氏に師事。ムジカ・サンタンジェロ代表。 ![]() ![]() |
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