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伊是名の会インタビュー伊是名の会

伝統的な琉球舞踊をベースに、奄美の要素など創作性を取り入れ、南島の民族芸能の伝承・普及・発展に取り組んでいる舞踊集団「伊是名の会」。
オリジナリティ溢れる舞踊に昇華させた舞踊は大反響を呼び、現在は海外にも活動の場を広げている。
6月14日には、ゲストに、里アンナとネリヤ☆カナヤを迎えた、創立20周年を記念した公演『琉美創舞(りゅうびそうまい)』が開催される。
公演まで残り1ヶ月、いよいよ稽古も大詰めとなり、舞台スタッフを伴った、ハードなリハーサルの合間を縫って、会主・原口このみさんと、メンバーの里美沙紀さんと米澤泉さんの2人を交えながらお話を伺った。

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奄美シマ唄に舞踊の振り付けという、独自の発想で奄美・琉球舞踊の新境地を開く

花染め伊是名の会は、琉球舞踊だけでなく、奄美の要素も取り入れています。
八月唄を除くと、奄美のシマ唄のほとんどは特別な振り付けがありません。舞踊にする作業は大変だったのではないでしょうか?

原口: 昔、名の知れた琉球舞踊の師匠が奄美のシマ唄で踊るのを見たのですが、それがただ琉球の踊りを当てはめただけの踊りだったんですよ。私たちは奄美出身ということで、それでは満足いかないんですね。
奄美は「沖縄でもなく、本土でもない」という特殊な文化があるところです。奄美には独自の文化があるし、やはり(奄美)シマ唄の踊りと、琉球の踊りとは異なるものなんです。
シマ唄に踊りをつけることは苦労しましたが、奄美の文化のなかで育った私たちが、独自の文化を表現していかなくてはならないと強く感じたんです。
そんな奄美の要素も取り入れることで表現の幅が広がり、舞台も、北海道、関西、沖縄、奄美と地方公演などで大成功を収めるようになりました。
ようやく完成したときは、「武下和平氏芸暦50周年記念公演」で「長朝花節」を披露したんです。そしたら大変評判が良くて、次第に、友の会ができ、今ではいろいろな方面で応援してくださる方々が増えてきました。

フィンランドの新聞―その後、海外にも活躍の場を広げます。
原口: 「海外の反応はどうだろうか?」と思うようになったとき、タイミング良く、“Asian Culture Night 2001”というイベントに参加する機会をいただきました。これが、一番最初の海外公演ですね。
アメリカのカリフォルニア州立大学で行われたのですが、そこは学園都市で、大学の敷地内に教会や市民が使えるホールなどがあるんです。
伝統的な琉球舞踊も披露したのですが、その時の反応がいまいちだったので、2度目に渡米した際は、伊是名の会が持っているオリジナルの要素を取り入れた舞踊を披露したんです。そうしたら、今までになく大盛況となりました。
それから様々なご縁が重なり、フィンランド、台湾、ブルガリア、インドネシア等、いろいろな場所で公演の場をいただくようになりました。

―海外公演では、国内とは違った反応などありましたか?
原口: 日本の場合は、「やまとなでしこ」じゃないですけど、おしとやかな踊りが受けますよね。おもしろいものですが、アメリカでは力強い女性が受ける傾向にあるんですよ。
男装して空手の型をとりいれた演目があるんですが、それがものすごく好評でしたね。

ブルガリアでは、国営テレビ放送や新聞にも大きく取り上げられて、会場に入りきれない程に人が押し寄せ、通路までぎっしり。その他のマスコミにも大きく取り上げてもらいました。
ブルガリアではしばらく、”イゼナブーム”が続いたようで「琴欧洲よりも有名になった」といわれるほどの人気だったらしいんですよ(笑)。

それと「ブルガリア人はとってもシャイ」と言われていたんですが、気がつけば会場はみんな総立ちとなり、踊りはじめたんです。
このときは、まだまだ私たちの踊りがどこまで受け入れられるのか半信半疑だった時期なので、自信につながった思い出深い公演です。

 

「伊是名の会」代表・原口このみ

原口このみ(はらぐち このみ)
1958年、奄美大島名瀬市(現・奄美市)生まれ。伊是名の会のリーダーとしてチームを率いる。出演から、振り付け・演出までこなし、オリジナリティ溢れる独特のセンスで奄美・沖縄の舞踊を次々と創作している。
沖縄の首里王府で芸能活動をしていた彼女の祖父・伊是名朝献は、奄美に琉球の芸能を広げた人物で、祖先は伊是名島の領主にあたる。


-「伊是名の会」結成まで-

祖父の跡を継いだ父のもと、3歳から舞踊を習い始め、高校卒業と同時に、本場の琉球舞踊を学びに沖縄へ渡った原口さん。
「伊是名の会」結成のきっかけは、結婚を機に上京してから、東京で琉球舞踊の舞台を見る機会に恵まれたときのこと。
「その時は、東京は日本の政治や文化の中心なので、舞台として確立された琉球舞踊が見られると期待して観に行ったんです。しかしそれは、私の胸を打つものではありませんでした。」
沖縄の舞踊は1人か2人で踊る個人芸が主流で、なかなか群舞は見られない。そして、演目はいつも「お決まり」というのがほとんどで、座敷で観る場合はいいが、大きな舞台で見せるには物足りなさを感じていたという。
ただ、この舞台が「伝統を守りながらも、もっと琉球舞踊を楽しんでもらえる方法があるはず」と原口さん自身が行動を起こすきっかけともなった。
ちょうどそんな時、島の道場で稽古をしていた、伊是名さとみさん、増田みちのさん、里 美沙紀さんが上京してくるという絶好の機会を得て、東京で伊是名の会が結成されるにいたったのだった。

―そしてつい先日もハワイのイベントに参加されましたね?
原口: 今年の3月16日に「ホノルル・フェスティバル」に招待されました。ハワイ最大の文化交流イベントで、幕張メッセのような広い会場でした!
「こんな広い会場に、この程度の観客では物足りない」という気がしたのですが、私たちが踊り始めると、たくさんの人が押し寄せ、周りを囲まれてしまいました。
そのなかに、琉球古典芸能の人間国宝(国指定特別重要無形文化財技能保持者)の照喜名朝一(てるきな ちょういち)先生の照喜名朝一会のハワイ支部の方もいらっしゃって「こんな洗練された舞台は初めて」とびっくりされていました。
翌日、沖縄県人会館で、ハワイ在住の沖縄県人会の方々の前で踊ったところ、「ハワイにも、年に1、2回、沖縄から琉球舞踊の団体が来て公演をするが、伊是名の会のような舞台は初めて。この公演ならハワイでも必ず受ける!もっと多くの人に見て欲しい!」と大好評でした。現地で伊是名の会主催ハワイ公演を企画する人も現れ、近い将来実現される見通しが大きいです。

―それは楽しみです。さて、先ほど通しのお稽古を拝見しましたが、衣装も大島紬の柄が部分的に使われているなど独特のアレンジが施されていますね。
原口: 紬の柄の衣装はNHKで三沢あけみさんの『島のブルース』に合わせて踊ったときのものなんです。現代風にアレンジはしていますが、島の雰囲気を残すように工夫しました。
文化といえば、シルクロードを通って文化が入ってきたように、海のマリンロードを通って、沖縄から上がってきた文化もあります。
沖縄や奄美単体で表現するのではなく、私たちを見てアジア文化の流れを感じてもられえればいいなと思っているんですよ。

―さて、それでは、いよいよ6月14日に迫った、20周年記念公演の見所をお聞かせください?
原口: 私たちは、大きな舞台は年に一度しかやらないので、同じ演目は滅多に披露しないんですが、今回は20年分のリクエストにお応えするというかたちで、選りすぐりの演目をお届けしようと思っています。
毎回いただくアンケートにも、「あの演目をもう一度」という声がたくさんあるんです。

オープニングは、奄美に生息する様々な生物や植物と、地球を巡る天体をイメージして舞います。来年奄美大島(の北部と喜界島)で観測できる皆既日食と、元ちとせさんの『失われたものたちへ』という楽曲がきっかけとなりできた演目で、初披露となります。


―では最後に、メッセージをお願いします
原口: 旗揚げから20年経ちましたが、ここでもう一度スタートラインに立ち戻り、奄美・琉球舞踊を突き詰めて、世界のいたるところで私たちの舞いを披露したいと思っています。
「これを見たら伊是名にはまる!」という舞台を精一杯披露したいと思います。
やはり言葉で説明するよりも、舞台を一度見ていただくのが一番です!!


 

メンバーからのメッセージ

里さん講師: 里 美沙紀さん
私たちは、師匠が創った踊りを完璧に表現するよう日々お稽古を重ねていますが、踊りの技術だけを磨くのではなく、その演目に込められた想いも同時に表現できるよう心がけて練習をしています。
私がこれまで、いろいろな舞台を観てきて気づいたことは、「いくらお金をかけたからといっても、人の心を揺さぶる舞台になるわけではないのだ」ということです。
出演者全員が創り手の想いを理解して、心をこめた演技をすることによって、初めて人の心を打つ舞台ができるのだと思います。
今回の公演は、私たちが今まで積み上げてきたものを全てお見せできる集大成の公演なので、今まで以上に心をこめた演技をして、たくさんの人たちに感動を届けられればと思っております。
舞台を観に来てくれたお客様が、感動して涙しているのを目の当たりにすると、「よし、また頑張ろう」って、いつも私たちの原動力となるんです。
今回の公演も、たくさんの方々にご来場いただければうれしいです。
米澤さん
米澤 泉さん
最近の若者は、伝統的な文化を守り、育んでいこうという意識が高い気がします。古典的なものに対して、全く抵抗は持っていないのではないでしょうか。
今日も多くの若者が稽古している姿を見かけたと思います。実は、彼女たちのほとんどが、本土の出身者なんですよ。
私も仙台出身なんですが、家族が沖縄が大好きで、ずっと南の島を身近に感じて育ったため、前々から、いつか東京に出て、琉球舞踊をやりたいって思っていたんです。
今まではお客様の層は、奄美民謡のイメージに代表されるようにお年を召した方が多かったんですけど、活動をしていくにしたがって、7、8割が若い方となっています。
イベントスタッフの方にも、よく驚かれるんですよ。
逆にお客さんの方も、踊り手が若いとびっくりされます。関西に行った時は、宝塚みたいだって言われました(笑)。
公演を見て、琉球・奄美の舞踊に関心を持った方々は、是非、伊是名の会に参加して一緒に汗を流しましょう。
 



伊是名の会 主な活動歴 

2007年

6月         インタ−コンチネンタルホテル東京ベイ 

           トルコ大使館婦人クラブ40周年記念

7月         練馬文化センター 第19回定期公演

9月         NHKホール NHK BS 「日本の叙情歌大全集」に出演

 

2006年

5月         大田区アプリコホール 第18回 定期公演

8月         NHKホール 三沢あけみさんと共演

9月         さいたま新都心けやき広場「バスケット・ウェルカム世界選手権関連イベント」

11月        国立国父記念館中山公園広場 特設会場「第4回まつりin 台湾2006」

 

2005年

4月         八方園 「在スェーデン商工会議所主催花見会&ビクトリア王女歓迎会」

10月       鹿児島市民文化ホール「第17回 定期公演」

11月       ブルガリア・ソフィア国立文化宮殿ホール ヴェルコタルノボ市庁舎ホール

11月      インドネシア・ジャカルタ「インドネシア・ジャカルタ公演

 

2004年

7月         NHKホール 「歌謡コンサート」夏川りみさんと共演

9月         フィンランド・ヘルシンキ市立国際文化交流会場 ロバニエミ市内劇場 サンタの森植樹祭

11月       神戸文化ホール 第16回定期公演

 

2003年

5月         鹿児島市民文化ホール 奄美本土復帰50周年記念公演

9月         なかのZERO大ホール 奄美本土復帰50周年記念公演

11月       台北市・国際旅行博会場 「フェスティバルIN台湾2003」

 

2002年

1月        NHK出演「どんとこい民謡 午後1:00〜」
4
月        三芳町文化センター「コピスみよし開館記念イベント」
9
月        カリフォルニア州立大学「アメリカ公演」

2001年

13     商船三井客船・日本丸&ふじ丸「豪華客船内にてのイベント」
4
月        東京ビッグサイト「旅フェア2001 パレード」
5
月        アメリカ・カリフォルニア「アジアンフェスティバル」
7
       
奄美振興会館「第13回定期公演」

 

2000年
3
月        名古屋東急ホテル「ノルェーDLRトリップ・ウェルカムパーティー」
4
月        幕張メッセ「お祭りパレード2000
8
月        夢の島植物園特設会場「琉球舞踊と沖縄民謡の夕べ」
10
     
大田区ホール・アプリコ「第12回定期公演「東京伊是名の会・奄美を舞う」

 

ほか (※赤字は定期公演)

 

【伊是名の会公式HP】 http://www.izenanokai.jp/

 

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