今回ご紹介するのは、横浜や川崎を中心に内装業、沖縄居酒屋、沖縄物産店、岩盤浴施設等8つのグループ会社・店舗を経営する、徳之島出身の平田修(ひらたおさむ)さん。
首都圏で展開する沖縄居酒屋は全4店舗を数えるが、実は店舗企画や開発も手がける内装業が本業で、ご自身は店には立たないのだという。お店には奄美料理や黒糖焼酎を置いたり、禎一馬のライブを企画するなど、沖縄だけでなく地元徳之島や奄美をアピールする活動も行っている。
平田さんは今から30年ほど前に島から上京。料理人になろうと色々な店を修行し、調理師免許を取得した。そして次に自分の店を持つなら自分の思い描くとおりの店舗を作りたいと、建築デザインの勉強をするため再び学校へ通う。そして店舗の内装を請け負う会社に勤務し、その後独立。株式会社ユニワークスを立ち上げた。昨年、五反田にオープンした奄美料理店「みしょーれ奄美」の、内装や店舗企画等を手がけたのも平田さんだ。
そんな平田さんが、沖縄居酒屋「がちま家」を最初に川崎で始めたのは、今から5年前。以来順調に店舗を拡大し、現在は川崎や横浜市内に4店舗、同じく横浜に沖縄物産店「ハイサイおきなわ」を持つ。また最近では川崎と横浜に岩盤温浴の「ストーンエステ ハナハナ」をオープン。沖縄のサンゴミネラル水や、OHマイナスイオンを発する沖縄のサンゴタイルを使用するなど、徹底してテーマを沖縄に絞っている。
―「がちま家」を始め、平田さんが奄美でなく沖縄にこだわっていらっしゃるのは何故ですか?
「奄美料理ではなく沖縄料理の店を始めたのは、単純に食材も料理法もほとんど同じだし、沖縄がすごくブームで注目度も高かったからです。奄美料理だけではなかなか集客が難しいですからね。でも店では泡盛のほかにも奄美の黒糖焼酎も置いてます。去年の11月には「奄美フェア」というのも開催して奄美料理を何品か出してました。今後は通常メニューにも奄美料理を入れていこうと思います。もっと多くの方々に奄美を知ってもらいたいので。
横浜関内の沖縄物産店「ハイサイおきなわ」でも、奄美の物産を扱ってます。島にいる兄が商品を送ってくれるんですよ。島からの輸送費というのはバカにならなくて、特に野菜やナマ物などの食材は空輸しなくてはいけないので、なかなか大変ですけどね」
沖縄物産店「ハイサイおきなわ」には、三味線からCD、酒類、菓子類、雑貨類など品揃えが実に豊富。沖縄に居るかと錯覚してしまいそうなほどの充実ぶりだ。首都圏で一般の人が沖縄の文化に触れるチャンスはたくさんあるのに比べて、奄美はやはりまだまだという感が大きい。
「ただ僕は、お店をやるにしても、(沖縄や奄美の)島の人だけに向けた店というのはやりたくないんです。実際そういう店がほとんどだったりするんですけど、僕は島の料理や文化などを、もっと多くの都会の方たちに知ってもらいたいんですよ。だから、島出身者のたまり場みたいな小さな店ではなく、なるべく広いお店がいいと思ってます。「がちま家」を始めたときは、色んな人から「うまくいくわけない」と否定的なことを言われたりしましたけど、そんなことはなくて、今の客層は沖縄や奄美の人たちよりも、むしろ都会の方が多いですね。
実はこれから奄美のお店も出したいと思ってるんですよ。そのときは、島の音楽や文化にも触れられる店にしたいですね。今も沖縄のイベントなんかをやっていて、皆さん喜んでくれています。今後はもっと奄美の魅力を伝える活動にも力を入れていきたいと思っています」
―今後ご自身が厨房に立たれる予定は?
「リタイアした後かな(笑)儲けとか一切関係なく、自分の友人たちを集めて自分の作った料理を食べさせる…そんな店ができたらいいなとは思ってるんですけど」
現在、店頭での沖縄イベントや島唄ライブなども積極的に開催している平田さんだが、このような方が奄美文化のアピールや交流にも力を注いでくれれば、あまみんちゅたちにとっても心強い存在となるに違いない。平田さんが構想する奄美料理の店がオープンする日も、今から楽しみだ。

がちま家関内大通り公園店。黒糖焼酎や奄美料理も味わえる。

沖縄物産店ハイサイおきなわ。店内には、所狭しと沖縄の物産が並ぶ。ここへ来ればまさに島気分♪


岩盤温浴ストーンエステ ハナハナ。浴衣、タオルセット、アメニティグッズなども完備なので、手ぶらでOK!

代表取締役社長・平田 修
1955年10月20日生まれ。徳之島町山出身。趣味はダイビング。
30年ほど前に上京。調理師免許を取得した後、建築デザイン学校へ。内装会社に勤務後、独立し株式会社ユニワークスを立ち上げる。またその傍ら、株式会社サンアイグループとして、琉球居酒屋、物産店、岩盤浴施設など、沖縄にこだわった店舗も経営。また沖縄三線教室やエイサー祭りなどのイベントも企画するなど、沖縄文化の交流に力を注いでいる。