"お客様へはいかなる場合にも良品のみをお届けしなければならない"
初代から受け継がれた信念を貫き、織元として大島紬の名に恥じない本場奄美大島の逸品を東京でお届けしている、岸文大島。
創業明治43年から代々つづく織元の意志を継いだ、岸田聡司さんは、故郷奄美大島が誇る伝統織物「本場奄美大島紬」を、世界中に普及させるため、奮闘中だ。

○岸田聡司(きしださとし)
1970年名瀬浦上(奄美大島)生。中学卒業(朝日小・中)まで地元奄美大島で育つ。鹿児島商工(現樟南)高、中央大学商学部卒。卒業後、専門商社にて呉服全般の企画・販売に従事。1999年総合人材アウトソーシング企業入社。営業・労務管理に従事。2003年株式会社岸文大島を設立し現在に至る 。
伝統をしっかりと受け継ぐために
技術、産地へのこだわりは強い
大学卒業後は専門商社にて呉服全般の企画・販売に従事していたという岸田さん。この時期は、まだ大島紬へのこだわりはなかったという。代々つづく織元を継ぐきっかけとなったのは、独立を考えていた30歳のころだった。
「島に帰省した際に、身近にこんなにすばらしいものがあるじゃないかって気づいたんです。子供のときはその良さがまだわかりませんでした」
身近にありすぎると、逆に気がつかないものだろうか。
だが、お話を聞いてみると、もともと彼の中には、こうした伝統を受け継ぐための素質を持ち合わせていたことが伺える。
「今、日本中の伝統工芸品は危機に瀕しています。たずさわる職人が減り、技術がどんどんすたれていっています。奄美にも大島紬や島唄など守らなければいけない伝統がたくさんあります。紬も島唄も同じですが、本当にいい物というのは、来世までも大切に受け継がれていくべきだと思っているんです。」そう語るまなざしは、真剣そのものだ。
だが、生活のために伝統工芸から転業する人たちがあとを絶たないという。
従来の伝統工芸は、利益が職人たちに均等に配分されみんなが潤う仕組みになっているが、その反面、利益がなくなると共倒れとなってしまう危険があるとか。
「そのためにこれからは、まず大島紬のブランド力を高め、雇用を前提とした伝統産業にしていくことが大切だと思います。大島紬が注目を集めれば、若者のやりがいも上がり、受け継いでいく人も増えていくと思います。昔のように地場産業が潤えば、伝統も残っていきます。そのために本物の良さをもっと消費者にも、業者にも認知してもらわなければなりません。私は技術を広め、伝統を残すことが役目、使命だと思っています。」
大島紬の技術革新、伝承に力を注いできた、先代からの伝統工芸士の精神は、岸田さんにも受け継がれているようだ。
まずは、多くの人に知って、着てもらいたい
本物の大島紬の魅力
○これらマークをご存知だろうか?
本場大島紬は昭和50年2月17日に「伝統工芸品」の指定を受け、本場奄美大島紬協同組合が認定・発行する証紙がある。奄美以外の地域で機械織されたものでも、別の大島紬の証紙が貼ってあるので注意深くみてみることをお薦めする。(泥染めも、奄美の泥でないとできない)

○伝統文化というと、頑固で堅苦しいイメージがあるが、時代の変化にも対応する柔軟さも持ち合わせている岸田さん。
現代女浮世絵師のツバキアンナさんとコラボレートした、京友禅「椿も乃」は若者に大人気だ。
【椿も乃HP】
http://www.tsubakimono.jp/
【ひとしほ】
http://www.hitoshio.jp/
まずその充実さに目を見張る、「奄伽樂(あまから)」をはじめとする岸文大島が運営するサイト。
一日では読みきれないほどのボリュームの多さで、くわしく、わかりやすく、楽しく大島紬の魅力を知ることができる。
「大島紬の販売は従来、着物に慣れた中高年層をターゲットにしたもので、商品説明も専門用語ばかりで、初心者にはなかなかわかりづらかったんです。
そのために、商品説明や"見せ方"なども、なるべく解りやすく伝えることを心がけ、価格設定の幅(20万円〜100万円)も広げました。
多くの商品を提案し、自分自身に合った商品を納得するまで選択できる仕組みを作ることで、20〜30代の女性から指示を頂くことができ、現在では価格、品物が気に入ったから購入されるというお客様が殆どです。
写真だけでは伝わらない"本物の良さ"を知ってもらうことも大切で、見て、触れて、着ていただくことが、自分にぴったり合う商品と出会える第一歩です。」と岸田さん。
大島紬に触れる機会を増やすため、展示会も定期的に行っており、大島紬の産地奄美大島へも年に数回織元ツアーを企画し、好評を博している。
「このツアーの目的は、本物に触れる機会を増やし、たくさんの人たちに見てもらうことです。
大島紬の製造工程、工場見学から、職人との直接の触れ合いをとおして、紬と奄美大島の良さを体感してもらえます。
いいものを実際に目にすると、手作りの温もりが伝わってきます。本物の見分け方も自然と身についてきますよ。」
どうしても奥が深すぎて素人にはわかりづらいと思ってしまう大島紬だが、「私どもが扱う本当の奄美大島紬とは、ホームページ(【定義】参照)にも書きましたが、全て『手織り・先染め』の品で、いずれも組合認定の最高級大島紬だけです。
機械織りでは、しなやかでこしのある手織りの風合いを再現することは難しく、また泥染めによる独特の黒さが出ません。その違いは素人目にも明らかですよ。」
(【大島紬の目利き】参照)
伝えたい、残したい、もうひとつの伝統文化「相撲」
岸田さんに貫かれている精神は、大島紬以外にも波及しているようだ。
現在、彼が力を入れていることのひとつに、日本古来の伝統文化「相撲」の伝承がある。
大島紬の織元というイメージからは意外に思うが、岸田さんは、もともと野球・相撲をこよなく愛するスポーツマンで、学生・社会人を通じて相撲で国体に2回も出場したほどの経歴の持ち主。紬のようにしなやかに話す岸田さんからは考えられないが、フンドシ一丁で土俵にあがっていたことは、その大きくたくましい体格を見れば納得。角界には後輩も多いという。
「相撲は、一スポーツでありながら、日本文化を伝えていく重要な役割も担っている」と岸田さん。奄美の島々は全国的にも珍しく、集落ごとに土俵があるほど、いまだに相撲の文化が根強く残っている場所だ。その土俵は昔から祭事などにつかわれてきた。
今年、『奄美出身力士を応援する会』という島出身力士を応援する会を設立、「島力(しまぢから)」というサイトも同時に立ち上げた。奄美の力士たちの応援はもちろん、古来から伝わる本来の相撲のカタチを奄美から発信していきたいという主旨だ。
その『奄美出身力士を応援する会』会長には、あのサンプレイの宮畑会長が就任。岸田さんは、事務局長を務めている。
岸田さんの、奄美の伝統・文化を広め、後世に伝えていくという意気込みは、ますます強まってきているようだ。
これからも様々な発想で新たな伝統に挑戦していってもらいたい。
株式会社 岸文大島

奄美大島へ旅行の際にも気軽に立ち寄れる織元。豊富な色・柄の中から本場の奄美大島紬を選ぶことができる。
実際に製造に携わっている職人から、商品説明や製造秘話などを聞き、自分にあった1枚を選ぶのも、産地での「お得」な買い物方法だ。
東京オフィス
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